老婦人の皿


 それは独居老人用のサービス付きマンションに移るため、片付けをしている最中のことだった。私は戸棚の奥から、一枚の皿を見つけた。
 それはいまから四十年も前に、旅行先で買った一点ものの有田焼だった。白い肌に描かれた二羽の青い鳥が美しく、一目惚れした私は、月のお給金をすべてはたいて、その皿を買ったのだった。
 しかし、私がこの皿を使ったのは、ほんの二、三回。すぐに皿を戸棚の奥にしまい込んでしまった。というのも、洗い物をするときに手を滑らせ、過って縁を欠いてしまったからだったのだが――――。
 私はまじまじと、皿の欠けた部分を見つめた。
 それは、欠けた、という記憶がなければ気づかないほど、小さな小さな欠けだった。ほんの爪の先ほどの、いまでは全く気にならないほどの欠け。
 ――ああ、けれど若いころは、こんな小さな欠けも気に入らなかったのだ。
 私は不思議なものを見るように、その部分見つめた。
 旅行は一人で行ったのではなかった。私には連れがいた。父に紹介された見合いの相手で、優しく穏やかな人だった。
 私たちは婚約までこぎ着けたが、とうとう結婚はしなかった。というのも、私は気に入らなかったのだ。その人の背が少しばかり低かったことが、それから優しさゆえに優柔不断であるところが。
 遠い記憶を思い返し、私はしわだらけの手をこすり合わせた。
 気力も体力も満ちていた、あの若いころ。私はすべてに完璧を求め、少しでも気に入らないものはためらいもなく切り捨ててきたのだ。
 背が低くてもあの優しかった人のように、大した欠けでもないというのに、戸棚の奥にしまい込んでしまった、この皿のように。
 気づけば、私は一人だった。結婚もしなければ、子供もいない、一人きりの人生だった。
 いま、それを後悔するのかと聞かれれば、後悔はない、そう答える賢明さが、私にはある。
 けれど、もし、あのころの私が、ありのままを受け入れることができたなら。背の低い彼を愛し、あのほんの小さな欠けを気にせずに皿を使い続けることができたのなら。
 私は、いま、サービス付きマンションに住もうとはしていなかったかもしれない。
 完璧を求めた私もまた、完璧ではなかったことに、四十年経ってやっと気づいた私は、新聞紙で皿を包み直し、片付けを再開した。
 包んだ皿は段ボールに入れ、終の棲家へ持って行くことに決めて。