ご趣味は?


 見合いの相手がどんな人物であるか、見極めるのは難しい。なぜなら、見合いとは、その人の日常性を注意深く排除した上で行われるからだ。
 例えば、服装。普段の休日ならば、Tシャツに短パンかもしれないこの男は、いまはビシッとスーツで決め、頭はいつもならつけないかもしれない整髪料でテカっている。
 例えば、その表情。普段は愛想笑いなどしないかもしれないが、いまはぎこちない笑顔を浮かべ、貧乏揺すりの癖を最小限に留めている。
 立ち上がったときにちらりと見えたズボンのベルトは真新しく、さっきポケットから取り出して見せたハンカチは買ったばかりといった風情で、表面が糊で固まっている。
 いや、それとも彼の母親が神経質なで、アイロン糊をたっぷり振りかけたのかもしれない。
 まさか、独身男性が自分でアイロンなどかけないだろう。それが出来る男ならいいが、世話焼きが好きそうな母親を見るに、その線は薄い。どちらかというとマザコンの類いだ。
 けれど、実家暮らしだというから、それも目をつむることが出来る範囲ではある。彼もそこは取り繕おうと、母親にやや素っ気ない態度を取っている。だから、自覚はあるのだろう。
 だから、重要なのは、取り繕うことができない部分だ。
 つまり、そののっぺりとした風貌に似合わない日焼け。これはどういうことだろう。スポーツが好きなようには見えない。痩せているように見えても、筋肉はなく、シャツの下に脂肪がだぶついているのが見て取れる。
 見た目を気にして日サロに行くようなタイプではないし、もしそうなら常に眉毛くらい整えているだろう。いま眉毛は整っているが、これはお見合いの前に慌てて整えたものだ。カットされた眉の周りの皮膚が白いのでわかる。
 仕事は営業ではなく内勤だと聞いたから、この日焼けは休日のものだろう。この男は休日になると外へ出て行くのだ。なぜ、そしてどこへ? きっと、それはやましい趣味であるはずだ。やましくなくとも、世間的に印象の良くないもの。
 見た目はそこまで悪くない上、話し方もはきはきしているのに、今日が五度目の見合いだと言うのにはわけがあるだろう。
 ご趣味は? という質問に、母親が過剰な笑顔で男を振り返ったのも怪しい。それに構わず、男が「映画や読書ですね」とさらっと答えたのもさらに怪しい。映画や読書じゃ、日焼けの理由はつかない。つまり、彼は嘘をついたのだ。やましい趣味を隠すために。
 それは、ハイキングやアウトドアではないだろう。野鳥観察や旅行などでもないはずだ。それらの趣味はやましさなんて全然ない。
 だから、きっとそれよりもオタクっぽい趣味だ。これなら、うかつに言えないのもわかる。けれど、オタクで日に焼ける趣味って一体……? 秋葉原散策? いや、これは――
「藍子さんのご趣味は何なんですか?」
 読書と映画、という嘘の趣味を語り終わり、彼が今度は私に尋ねた。
「私の趣味ですか?」
 実は私には趣味と言えるような趣味はない。けれど――私は思った。彼が嘘をついた以上、この質問はあなた真の趣味を暴くために利用させてもらおう。
「私は、写真を撮るのが好きで――」
「本当ですか?!」
 目論見通り、彼はすぐに食いついた。
「何系が……いや、どんな風景を撮るんですか?」
 ――撮り鉄か。
 口から出任せで答えながら、私は納得してうなずいた。
 鉄道オタク――それも写真を撮るタイプの鉄ヲタはマナーの悪さで有名だ。電車を取るために他人の畑に踏みいったり、風景の邪魔だと木を伐ってしまったり。きっと、彼も鉄道のためならなりふり構わない自覚があるのだろう。だからこそ、やましさを感じて趣味を隠したのだ。
 すべての謎が解け、私はとても満足して帰途についた。だから、帰りの車内で母親に、
「あんた、今度から『ご趣味は』って聞かれたら、『人間観察』って答えなさいよ……」
 とため息交じりの皮肉を言われても、そんなことはまったく気にもならなかったのであった。